本学経済学部経営学科の根本萌希講師は、医療・公衆衛生分野の国際的な学術誌『Frontiers in Public Health』(PubMed収録誌)において、バランスト・スコアカード(BSC)をコミュニケーションツールとして活用する包括的枠組みに関する研究成果を発表しました。(2025年7月18日オンライン掲載)
【研究のポイント:理論的意義と実践的成果】
・BSCを業績測定システムから「コミュニケーションツール」として再定義する包括的な理論的枠組みを提案
・医療現場特有のコミュニケーション課題に対応した統合的な分析枠組みを開発
・4層構造からなる多層モデルにより,組織価値から日常業務までを包括的に分析
・実践的な評価ツール「医療BSCコミュニケーションマトリックス」を併せて提案
【研究の背景】
医療現場では、コミュニケーション不全が警鐘事象の70%以上に関与しており、患者安全と医療の質を左右する重要な要因となっています。これまでのBSCは主に業績測定や業績管理システムとして活用されてきましたが、その潜在的なコミュニケーション機能は十分に検討されていませんでした。本研究は、根本講師らの先行研究(Huang et al., 2023, Sustainability掲載)で実証されたBSCの有効性をさらに理論的に深化させ、医療機関特有のコミュニケーション課題に対応した包括的な理論的枠組みの構築を目的としています。
【研究の内容】
本研究では、組織コミュニケーション理論(CCO理論)と医療に特化したコーポレートコミュニケーション理論を統合し、以下の4層構造からなる新たなフレームワークを開発しました。
1. 医療価値基盤層
組織のミッション・ビジョン、臨床的価値、社会的責任など、医療提供の規範的基盤となる6つの要素を定義
2. BSC層
従来の4つの視点(財務、患者、内部プロセス、学習・成長)を通じて抽象的な価値を具体的に測定可能な目標に変換
3. 医療コミュニケーションプロセス層
医療機関特有の3つのコミュニケーション次元を提案:
・臨床戦略コミュニケーション:組織戦略と臨床実践を結ぶ
・職種間連携コミュニケーション:多様な医療専門職間の協働を促進
・医療ステークホルダーコミュニケーション:患者・家族・地域との信頼関係を構築
4. 構成的プロセス層
CCO理論の4つのフロー(メンバーシップ交渉、組織の自己構造化、活動調整、制度的位置づけ)を通じて組織現実を構成
【実証事例と評価ツール】
東京都のベトレヘムの園病院における電子カルテシステム導入事例を通じて、提案した理論的枠組みの実践的有効性を検証しました。同時に、「医療BSCコミュニケーションマトリックス」と呼ばれる実用的な評価ツールを開発し、医療機関が自組織のコミュニケーション実践を体系的に評価・改善できる仕組みを提供しています。
【今後の展望】
本研究の成果は、医療機関におけるBSC活用の新たな可能性を示すものです。コミュニケーションツールとしてのBSCの活用により、組織内の情報共有の質向上、職種間連携の強化、そして最終的には医療の質向上が期待されます。今後は多様な医療機関での実証研究を通じて、理論的枠組みのさらなる精緻化と普及を図る予定です。
タイトル:Reconceptualizing the balanced scorecard as a communication mechanism in healthcare
著者:Feng Guo, Ying Sophie Huang, Moeki Nemoto*
掲載誌:Frontiers in Public Health
DOI:10.3389/fpubh.2025.1623204
URL:https://doi.org/10.3389/fpubh.2025.1623204
【研究助成】
本研究はJSPS科研費JP24K22650および公益財団法人牧誠財団研究助成A2024005の助成を受けて実施されました。