第3期(令和3~4年度)清水基金プロジェクト研究に係る事業報告書

研究者 所属 研究サブテーマ
池田亮一 経済学部経済学科准教授 奄美大島(奄美市)の基幹産業の把握と振興策
馬頭忠治 経済学部経営学科教授 地域における学習環境の現状と図書館活動を核とする町おこしの現状と課題
ジェフリー・S・アイリッシュ 経済学部経営学科教授 川辺町平山地区に位置する商店街の現状、課題、可能性を探る
松尾弘徳 国際文化学部国際文化学科准教授 鹿児島方言に生じた新方言の生成過程に関する研究‐県内周辺地域の新方言の実態を探る‐
祖慶壽子 国際文化学部国際文化学科教授 甑島における次世代への継承語としての方言調査
千々岩弘一 福祉社会学部児童学科教授 占領期の奄美の学校教育の実態‐天城小学校の学校日誌の復刻‐
渡辺克司 経済学部経済学科教授 ①鹿児島県における農福連携の実態、②有機農業、③フードデザート問題、④国産コーヒーの可能性、⑤事業協同組合と既存組合との関係について
武田篤志 経済学部経営学科准教授 鹿児島における場所活性化デザインの研究
野中弘美 福祉社会学研究科 博士後期課程 保健医療福祉専門職が捉える認知症高齢者の地域での暮らしの限界

【研究者:池田 亮一 准教授(経済学部経済学科)】

研究テーマ奄美大島(奄美市)の基幹産業の把握と振興策

【目的】

奄美大島・奄美市は、観光業のほか、サトウキビなど農業、大島紬など工業が盛んである。これは、奄美市のホームページからも容易に確認できるし、先行研究も存在する。
しかし、産業間の連関性指標を用いた産業間のリンケージの分析は、これまであまり行われてこなかった。産業連関分析を使った先行研究は、農業・漁業など第1次産業の研究がほとんどである。また、奄美大島・奄美市の産業連関表の入手が困難な現状では、その分析が正確性にも課題があった。これには、奄美市の産業連関表へのアクセスが容易ではなかったことがあげられる。とはいえ、産業振興策を立案するには、ある産業から別の産業へのリンケージ、すなわち産業連関に関する分析が必須であるし、ベースとなり地方自治体が支援すべき産業を特定できないままでは、産業振興もままならない。
現在では、日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所が、地域経済循環用データを有償で提供している。これを用い、基幹産業を把握し、補助など振興策を提示することにより、過疎に悩むであろう奄美市に貢献できる。これが本研究の目的である。

【計画】

まず、奄美市役所への聞き取り調査により、現在奄美市が基幹産業と考えている産業及び、奄美市による振興策についてまとめる。
次に、内閣官房の提供するRESASを用い、地域生産に貢献する度合いが強い産業という意味での基幹産業を把握する。現段階では、医療業が意外に付加価値が大きいことまでは把握している。また奄美市産業振興促進計画では、製造業、旅館業、農林水産物等販売業、情報サービス業などを「振興すべき対象」としている。
さらに、日本政策投資銀行・株式会社価値総合研究所が提供する地域循環用産業連関表を用い、影響度係数・感応度係数・ゴッシュ逆行列を用いて、より詳細な形で基幹産業を把握する。
その後、産業連関表を用い、それまでに抽出された基幹産業につき政府支出の増加などの経済や雇用にもたらす経済効果を求め、GISを使って経済地理学的な問題(宿泊施設、病院の配置)についても提言する。最後にまとめを行い、本研究を総括する。なお、この間に、奄美市役所と連絡を密にし、できる限り奄美市役所に役に立つ分析を行う予定である。

【報告】

奄美大島は2021年に世界自然遺産の登録が決定され、ますます観光地として発展すると思われる。しかし、奄美市の経済はあまり発展しているとは言えない。奄美市の経済の振興を考えるのは喫緊の課題である。そのためにまず基幹産業の把握が重要であるが、先行研究は数少ない。
本研究によって次のことが明らかになった。
基幹産業といえるのは、「農業」、「水産業」、「食料品」、「窯業・土石製品」、「ガス・熱供給業」、「水道業」、「建設業」、「宿泊・飲食サービス業」、「情報通信業」である。観光業は大方の予想のとおりであった。ほかに、農業・水産業・食料品産業などの連関が類推できる。意外と思えるのが、ガス・熱供給業および情報通信業である。これらの産業は、現状では奄美市において大きいとは言えないが、おそらく自治体が援助する価値はあるものと類推される。

【研究者:馬頭 忠治 教授(経済学部経営学科)】

研究テーマ地域における学習環境の現状と図書館活動を核とする町おこしの現状と課題

【目的】

これからの地域づくりは、地域経営から地域自治に移行するにしたがい、生産能力や情報発信力よりは、地域知の自己編集能力に大きく依拠するようになると予測される。そこで、本研究では、地域知をどのように蓄積し編集することでその担い手が育っていくのかについて、図書館活動やプライベート・ライブラリーの展開を踏まえて明らかにしようとするものである。それは同時に学習環境の大きな変化となり、島根県海士町のような「高校魅力化プロジェクト」が進展していくものと捉えられるし、地域の産業も見直されていくとも考えられる。これらを総合して明らかにしていきたい。
とりわけ、図書館を核とする地域づくりの新動向と離島(屋久島、奄美)における学習環境の改革の進捗を踏まえて考察してきたい。

【計画】

図書館をめぐる問題は、図書の貸し出し、図書情報提供などに限らず、地域活動の中核となって市民の活動を支援する機能をも担うようになった。それは教育委員会の主管を超えた活動となるが、それをどう地域住民が乗り越えて、自らの居場所や活動拠点にしているのかに絞って現地調査していく。鹿児島は椋鳩十や島尾敏雄が図書館長としてその礎を築いたが、それがどう引き継がれていったのかに注目しつつ、さらには戦後すぐ、国会図書館の副館長としても活躍した中井正一の図書館論も再評価して、改めて学習環境を学校を超えて捉えていき、高校魅力化とは何かに迫っていきたい。

【報告】

鹿児島県湧水町のくりの図書館や熊本県椎葉村の村初めての図書館ぶん文BUNを訪問し新しい図書館づくりに学ぶとともに、図書館づくりがどんな地域づくりの歴史となったのかを奄美で検証することに力を削いだ。島尾敏雄が奄美の図書館長としてやろうとしたことは、戦後の日本づくりを模索することではなかったのか。ヤポネシア論にからめて、奄美図書館と瀬戸内町図書館などを訪問調査した。
地域における学習環境の現状と図書館活動(公営と私設)を核とする地域自治の可能性を明らかにするには、地域づくりの主眼を地域経営から地域自治に移し、生産能力や情報発信力よりも地域知の自己編集能力の系統的な育成が長い目で見てとても大切な戦略的課題となることは間違いない。
そこで、地域知をどのように蓄積し編集することで担い手が育っていくのかについて、図書館活動やプライベート・ライブラリーの展開を踏まえて明らかにしようとした。これについては学習環境の大きな変化として、島根県海士町のような「高校魅力化プロジェクト」と島まるごと図書館、長野県小布施のまちじゅう図書館、明石市の「まちなかブックスポット」などの活動が注目される。
鹿児島県に即しても、指宿・山川図書館の活動が全国から注目され本年度「南日本文化賞」(南日本新聞社主催)を受賞するなど、地域図書館と地域づくりの連携が進んでいる。これは、戦後の鹿児島県立図書館運動が、椋鳩十によって組織されたことを継承するもので、それこそ時間をかけた地道な地域づくりであると評価しなければならない。

【研究者:ジェフリー S アイリッシュ 教授(経済学部経営学科)】

研究テーマ川辺町平山地区に位置する商店街の現状、課題、可能性を探る

【目的】

川辺町平山地区の商店街のシャッターが次々と降ろされるなか、この現状をより具体的に理解し、これに対してどんな行動を起こせるのかを地域の方々と一緒になって検討する。学生たちが一つの地域やその住民と深みのある交流をすることによって、これから暮らすコミュニティーでも深くかかわる姿勢を育てる。

【計画】

学生(2~4年のゼミ生)と一緒に川辺町平山に位置する商店街に出かけて調査を行う。現役の店の歴史やこれからの想いを聴いて、閉じている店の現状(おかれている状況)を確認する。意味のある、学びの多い調査にするため、聞き取り方法を滴宜修正しながら展開する。地方の商店街の在り方や可能性を理解するために、鹿児島県内の他の商店街(指宿、出水など)にも足を運ぶ。

【報告】

平山商店街の歴史や食文化、及び空き店舗・空き家などに関する聞き取り調査を行い、イベント運営やTANOKAMI STATIONの下準備に参加した。また、南薩鉄道に関する資料収集や聞き取り調査を行った。 川辺町平山地区の商店街で活用できる空き家・空き店舗を半年かけて探し、川辺郵便局の目の前にある元眼科を見つけた。家主が近くに住んでおり快く貸してもらえることになった。 一階は風呂やキッチン、応接室、診察室、薬局などがあって、二階は住居として使われていた。荷物がかなり蓄積したため、ゼミ生と一緒に運び出して分別し、約3か月で1階も2階も何もない状態に整えた。 築60年の建物のため改装する必要があるところが多かったが、現在改装工事はほぼ終わり新しい食文化の拠点になっている「RIVERBANK TANOKAMI STATION」の管理人と同施設に招くシェフたちの宿になる予定だ。 長年空いていた建物が生き返るところを見て、ご家族や隣近所の方々がとても喜んでいる。この活動が、他の空き家や空き店舗の今後の活用につながるきっかけになればと期待している。

【研究者:松尾 弘徳 准教授(国際文化学部国際文化学科)】

研究テーマ鹿児島方言に生じた新方言の生成過程に関する研究―県内周辺地域の新方言の実態を探る―

【目的】

本研究が中心に据えるテーマは、日本語文法史の知見を生かした方言文法研究である。  日本語を概観すると近代から現代にかけての共通語の全国的な波及により、鹿児島方言においても若年層では方言の共通語化がすすみ、伝統的な鹿児島方言は衰退しつつある。ところがその一方で、若い世代が新たに使用するようになった、いわゆる「新方言」と呼ばれるものの存在も明らかにされ、各地域における具体例も井上・鑓水(2002)、佐藤(2013)などにまとめられている。鹿児島方言においてもこういった事例は観察でき、若年層しか使用しない新たな鹿児島方言というものが存在する。これは、鹿児島の若い世代が新しいことばを生み出していることを意味している。申請者はこれまでに福岡地域を中心とした新方言の研究をすすめてきたが、本研究ではこれまでの研究の蓄積を踏まえ鹿児島方言に生じている文法変化を明らかにしてゆく。  方言の文法は自由気ままに変化しているわけでは決してなく、一定の方向性が見られる。方言調査からの実証研究と文法変化に関する理論的研究とを結びつけ、本研究では文法項目を中心とした鹿児島県の新方言の研究に取り組む。とくに本基金の趣旨に鑑み、鹿児島県内でも北琉球方言を構成する離島地域(奄美大島・喜界島・沖永良部島・徳之島・与論島)への積極的な方言調査を実施することで、言語変化の方向性を考察してゆきたい。 〈引用文献〉井上史雄・鑓水兼貴(2002)『辞典 新しい日本語』東洋書林/佐藤高司(2013)『新方言の動態30年の研究―群馬県方言の社会言語学的研究』ひつじ書房 〈申請者による研究成果〉松尾(2009)「新方言としてのとりたて詞ゲナの成立」『語文研究』107/松尾(2013)「福岡方言のとりたて詞『ヤラ』『ゲナ』の成立をめぐって」『文献探究』51/松尾(2015)「コトバは変化する-鹿児島方言を手がかりに-」かごしま県民大学連携講座「知の試み in KAGOSHIMA」;於かごしま県民交流センター(講演)

【計画】

日本語諸方言における文法体系は、地域ごとに異なる可能性がある。そのため、研究対象とする言語形式の文法体系が当該地域でどうなっているのかを明確にさせておく必要があり、アンケートや面接などの方法を用いた方言調査を入念に行う。そのうえで、共通語の文法体系との相違点、および共通点を明らかにする。このように本研究遂行のためには方言調査・文献調査の両面にわたる丹念なアプローチを要する。  鹿児島においてもっぱら若年層が用いると考えられる新方言の具体的研究対象は、次のようなものである。
① 確認を表す終助詞ケ例)あんたも一緒に行くケ?(≒行くか/行くかい)② 同意要求を表す形式セン  
例)今日すごく暑いセン?(≒暑くない?/暑いよね)
①については県内全域での、また②については川内・阿久根など北薩地域での使用例が確認できる。これら新方言と思しきものに関して、本学大学院生や学部学生との連携のもと鹿児島県内でもとくに周辺地域に比重を置いた方言調査をおこなうことで、鹿児島県の周辺地域における新方言の動態を把握できるであろう。  現代の鹿児島の若い世代のことばは、共通語的な言語形式と鹿児島独特の新用法・新語形が入り混ざった状態にあり、方言研究の観点から見て非常におもしろい様相を示していることが明らかにできるものと申請者は考えている。

【報告】

本研究では「奄美群島地域における中間言語としての地域共通語(奄美語)」に着目し、伝統方言と共通語との言語接触の過程で文法項目がどのように生成、変化したかを探った。 考察の中心には「義務的モダリティのマイ」(共通語ではシナケレバナラナイ・シナイトイケナイ等が相当)を据えた。このマイは奄美群島の広範な世代において使用されており、かつ共通語に類似の文法形式が見られないという点で興味深いものがある。そこでマイの、①意味用法の記述、②奄美群島地域における使用状況や使用年齢層、③出自、の3点を明らかにすべく、ZoomやWebアンケートを用いたオンライン調査をベースとして研究を進めた。合わせて与論島(2022年2月)、喜界島(2023年2月)での対面調査も実施した。 本研究を進めることで、①奄美群島地域で生成された地域共通語の伝播のプロセスや、②義務的モダリティと認識的モダリティの連続性が明らかにできるものと思われ、方言研究のみならず文法史研究および社会言語学的研究にも大きな貢献をなし得るものとみている。 研究の成果は、関連の全国規模の学会にて報告を行なうなど順調に研究を進められた(「奄美大島・喜界島・与論島方言のマイ―義務的モダリティの用法を中心に―」2022年度第72回西日本国語国文学会 2022.9.11.発表)。年度内には研究成果を論文にまとめたい。

【研究者:祖慶 壽子 教授(国際文化学部国際文化学科)】

研究テーマ甑島における次世代への継承語としての方言調査

【目的】

今回のプロジェクトの目的は、先行研究の中でもまだ未調査の地域及び分野の調査と甑島方言を継承語として次世代の人に受け継がれる形で発表することである。
方言話者が年々減少していく中、方言調査は多くなされているが次世代への方言継承を意識した調査は少ない。これまでの研究は他地域と異なる言葉等の収集が多く、特殊な部分が強調されている。しかしながら最近はその地域全体の言語体系を記録しようとの考えで日常使用されている言語全体が調査対象となってきている。今回はその方向での調査である。幸いにも前回の協力者に加え国立国語研究所の調査にも協力した塩田秀雄氏がプロジェクトに協力してくださることとなっている。
基礎語彙表を作製する理由は2つある。一つは、現在いくつかの地域で同様の語彙調査が行われているが、調査した語彙が異なるためそれぞれの語彙を同一の表に纏めた場合、情報が不足していて表が完成できないこと。2つ目として、類似の語彙を比較することによって形態上または音声上の比較が容易になるためである。地域特有の方言、たとえば「清らか」に対する「あじろいか」も情報としてリストには加えるが、もう一つの言い方の「きよらかやい」が採取されていると、文字により形態の変化、録音により発音の変化を知ることができる。このように標準語との比較が容易になると、音の変化の特徴が把握しやすくなるため、方言の学習(または継承)にも貢献できる。 

【計画】

前回のプロジェクトではコロナ禍が原因で直接高齢の方言話者に接触できなかったため、第三者を通して言語調査を行った。その過程で次世代との交流を含む形にしたが、今回は最初から次世代さらにこれから生まれてくる世代へも引き継ぐことができるように、つまり全く方言を知らない場合でも、教材があれば受け継ぐことができるよう計画を立てた。また,基礎語彙の収集を行う。
以下が全体の予定である。 ① 最近の研究をはじめ、古い文献も資料として活用する。 ② 調査の手順、フォーマットを作製する。 ③ 協力者を通して方言話者とへ連絡を取り、集まってもらい方言を採取する。 ④ 結果の分析をする。 ⑤ 調査結果と現在から続くプロジェクトの完成品を発表する場を設け、10代やそれ以降の他の世代にも参加を呼びかけ、2021年度の調査成果を地域語継承の場とする。 ⑥甑島の複数の地域の方言を採取する。 ⑦沖縄の地域での基礎語彙収集を続ける。 ⑧ 論文にまとめ、国内外紀要等に発表する。 

【報告】

里と上甑地域の方言話者にそれぞれの地域の方言の特徴が現れるカルタの読み句の作製を依頼。その句に合わせて祖慶ゼミの学生が取り札を描いた「里・上甑方言かるた」が完成し、中津小学校にて地元の子供達とカルタ大会を開催した。また、カルタの読み句を先行研究に照合し、地域の方言の特徴を分析した。
さらに、次世代の方言継承者である中学生を対象とした方言に関する意識調査と方言継承活動を行った。その方法はズームを使用して言語系ゼミである祖慶ゼミの学生との交流会とアンケート調査である。交流会に先立って、中学生に地元の方言への関心を喚起するため、プロジェクト前半で甑島の方言話者と祖慶ゼミで作製した甑島のかるたを授業で使用してもらった。そのかるたに触発された里中学の生徒が地元の方言かるたを独自に作製した。 このような交流を通して小中学生が地元の方言に興味を持つことを方言継承として活用できた。

【研究者:千々岩 弘一 教授(福祉社会学部児童学科)】

研究テーマ占領期奄美の学校教育の実態―天城小学校学校日誌の復刻―

【目的】

第二次世界大戦終結後の8年間、奄美群島はアメリカ軍に占領されていた。この間の奄美の人々の苦労は、復帰運動を主導した泉芳朗氏の活動を巡る先行研究に詳しい。学校教育においても、教科書の調達をはじめ、様々な面で苦労が絶えなかったと聞いている。 千々岩は、かつて鹿児島県下の学校教育に関する生資料(一次資料)を収集し、資料集(『鹿児島県教科教育実践史資料―明治・大正・昭和戦前期篇―』<千々岩弘一編・1989年3月・鹿児島短期大学付属南日本文化研究所>・『鹿児島県国語教育史資料―明治・大正期篇―』<千々岩弘一編・1990年3月・鹿児島短期大学付属南日本文化研究所>)として刊行している。これらの資料集は、関係学会・研究者によって高く評価されている。 今回の「占領期の奄美の学校教育の実態―天城小学校の学校日誌の復刻―」と題した取り組みは、先の調査研究の際に収集していた生資料(一次資料)の復刻作業と刊行を目的とするものである。

【計画】

今回の調査研究は、以下の2段階で実施したい。

1.収集済みの「学校日誌」の復刻作業
 ・復刻作業は、学生の協力を得て実施したい

2.復刻した「学校日誌」の考察と価値づけ
 ・当時の占領軍の奄美当地の基本方針の確認
 ・天城小学校での学校教育の実態の把握
 ・当時の奄美の状況を踏まえた天城小学校の教育実態の考察
 ・当時の日本国内の教育情勢や学校教育の実態との比較考察
※これらの考察・価値づけに必要な場合には、現地調査を実施したい。

3.復刻した「学校日誌」の刊行

【報告】

研究テーマを「アメリカ軍政下における奄美の学校教育の実態―天城小学校「職員会議録」の復刻を通して―」と修正した上で、前年度の「復刻作業」を土台に、復刻した「職員会議録」の精度を高めたり「凡例」などの必要な書式を整えたりしたうえで、記述されている「内容」に関する考察(日本の学校教育史における本「職員会議録」の価値づけ)を行った。復刻された「職員会議録」は、近日中に刊行予定である。 この天城小学校の「職員会議録」の復刻により、貴重な第一次資料の保存が可能となったばかりでなく、日本の学校教育史分野の研究の深化に貢献しうるとともに、社会思想史や文化史など多方面からの研究活動が展開される可能性を生み出したことになる。

【研究者:渡辺 克司 教授 (経済学部経済学科)】

研究テーマ①鹿児島県における農福連携の実態、②有機農業、③フードデザート問題、④国産コーヒーの可能性、⑤事業協同組合と既存組合との関係について

【目的】

コロナ禍もあり、県内に限定して5つのテーマをたて研究を行う。まず、ココロの学校オルタナ主催の「農が福祉と人を結びつける講座」に出席するなかで、農と福祉との親和性を認識した。そこで当該講座の講師も務められた①かごしま障がい者共同受注センター(星原氏)を対象に『農福連携』という観点から事例調査を行う。また受注センターと②かごしま有機農業生産組合との関連、および有機農業生産組合の現状と課題、国の「みどりの食料システム戦略」について整理する。昨年実施できなかった③南大隅町におけるフードデザート問題、「限界集落」問題について、統計分析と南大隅町「人口ビジョン」の検討、実態調査を通じてその現状と課題について整理する。④国産コーヒーとして、奄美大島、徳之島、沖永良部(鹿児島県産珈琲生産協会)、および沖縄コーヒーなどが注目されているなかで、国産コーヒーの可能性について、ロースターなどからのヒアリングなどを通じ、その可能性について明らかにする。これも昨年実施できなかったが、奄美大島において⑤既存のJAの購買事業、Aコープが撤退するなかで、それに代わって事業協同組合が展開している実態と課題について明らかにし、同時に生協コープかごしま・特販事業部と奄美事業協同組合との関連などについて実態調査を行い、現状と課題、事業協同組合の可能性について明らかにする。

【計画】

ヒアリングデータの整理・分析、実態調査を行い、総括報告書を作成する。ゼミと並行して、地域ブランド調査(ゼミ) ・Ⅰ 黒酢(壺造り黒酢)、Ⅱ さつま揚げ(つけ揚げ)、Ⅲ 国産ウイスキー(本坊・小正)、 Ⅳ 和牛農家へのフィールドワークを行い、ゼミ・卒論指導と兼ねながら簡単なレポート等の投稿を予定している。

【報告】

ココロの学校オルタナ主催の「農が福祉と人を結びつける講座」で報告の①かごしま障がい者共同受注センターを対象に事例調査を行った。受注センターと②かごしま有機農業生産組合との関連、国の「みどりの食料システム戦略」との関連について整理した。③南大隅町におけるフードデザート問題、「限界集落」問題については新たな論点の整理にとどまった。南大隅町「人口ビジョン」の検討、実態調査を通じ早急にまとめたい。④国産コーヒーの可能性については、奄美大島、徳之島に加え沖縄コーヒーについて1次調査を行ったが論点整理にとどまっている。国産コーヒーについてどのような展望が描けるのか、沖永良部(鹿児島県産珈琲生産協会)、沖縄コーヒー農園などへの追加調査を行う中で明らかにしたい。⑤既存のJAの購買事業、Aコープが撤退し替わりに事業協同組合や生協・特販事業部が展開する事例に加え、外国人技能実習生の受け入れ団体となる事業協同組合が散見されるようになっている。こうした状況についての調査は未実施であり、早急に実施する予定である。

【研究者:武田 篤志 准教授(経済学部経営学科)】

研究テーマ鹿児島における場所活性化デザインの研究

【目的】

全国的にみても人口減少・過疎化が深刻化している鹿児島県にあって、高度経済成長期にモデルとなっていたサービス/社会経済に代わる新たな地域づくりの論理が求められている。そこで本事業では、ホスピタリティ/場所経済という観点から地域コミュニティ・社会・経済に関わる理論を再検討し、場所ごとの歴史・文化・環境に根ざした活性化の可能性を探ることを目的とする。具体的には、鹿児島市(主に谷山地区)と大隅半島地域(主に南大隅町)をフィールドに設定し、県内外の先行事例も参考にしながら、その活性化の理論構築およびプロジェクト実施をおこないたい。 本研究による成果として、以下のことが考えられる。 ・鹿児島市谷山地区では、あいご会や小学校と連携しながらご当地カルタ「谷山かるた(仮称)」、およびすごろく「谷山すごろく(仮称)」を活用した、子どもたちの地元学習の推進 ・100周年を迎えた和田上水道の歴史的・文化的価値の再評価による地域住民の組合運営への参加推進、および持続可能な組織運営への協力(大量に廃棄される水の活用法を、鹿児島国際大学の学生と協働して考えていくプロジェクトの立ち上げ等も可能) ・大隅では、南大隅町佐多地区の伝統行事である「御崎祭り」の分析・考察をもとに、祭神の再解釈と地域史の見直しから、佐多岬観光PRへの学術的支援、および担い手不足を課題としている祭りの再活性化

【計画】

(1)鹿児島の場所の固有文化を理解するべく、伝統の祭りや習俗等を対象に文献調査やフィールドワーク(参与観察)もおこなう。 (2)鹿児島市(主に谷山地区)と大隅半島地域(主に南大隅町)をフィールドに以下のプロジェクトを実施する。  ①鹿児島市谷山地区で、子どもたちが遊びながら地元を知るツールとしてのご当地カルタおよびすごろくの製作・販売  ②和田上水道組合支援プロジェクト(住民がよりいっそう水道事業の運営に参加するための仕組みづくり)  ③大隅半島・南大隅町の地元の伝統文化を中心にまとめた書籍の発行  ちなみに、本事業と並行して、場所文化を活かした出版事業の立ち上げを予定している(これは個人で運営する事業)

【報告】

本年度も新型コロナウィルス感染拡大の影響により、当初計画していた事業内容が実施できなかった。鹿児島市谷山地区でのご当地カルタとすごろくの製作・販売企画は作業が遅延し、印刷の手前までは進んだものの完成には至らなかった。また同地区の和田上水道組合の支援企画は、高齢者世帯の多い地域ということを考慮し感染防止の観点から活動を控えざるを得なかった。南大隅町では根占地区の「おぎおんさあ」の取材はできたが、佐多地区の「御崎祭り」は前年同様感染防止のため地元住民のみで簡略化しての実施となり現地調査が叶わなかった。そのため文献調査や理論的考察に軸足を置き、同祭りが前古代から近世にわたる歴史的諸要素をもって重層的に構成されている点を明らかにし、これらを佐多の場所の将来ビジョンを構想するさいの資源として活用可能であることを成果報告会(2023.3.9開催)で提示した。

【研究者:野中 弘美(大学院福祉社会学研究科博士後期課程)】

研究テーマ保健医療福祉専門職が捉える認知症高齢者の地域での暮らしの限界

【目的】

日本における高齢化は顕著であり、中でも認知症の有病者数は、2012年の462万人(約7人に1人)から2025年には約700万人(約5人に1人)と増加することが推計されていることから、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう地域包括ケアシステムの構築を目指している1)2)。  

しかし、認知症高齢者が地域で生活する上での困難事象として、キーパーソンの不在といった「家族介護に関わる事象」、BPSDや生活機能障害を背景とした近隣トラブルといった「地域社会との間で生じる事象」、身体的・心理的虐待や生活費の管理ができないといった「虐待や財産管理にかかわる事象」、せん妄や身体医療の受療拒否といった「身体医療に関わる事象」があることが報告されており、これらの事象は認知症状が進行するに従い、困難事象は複雑化していることが報告されている3)。さらに、認知症高齢者が独居生活の限界に達するまでの過程に関する研究では、必要なサービスを受けながら維持してきた生活が症状進行に伴い、道に迷って帰ってこれなくなる、家事の危険性が生じる等、生命に関わる事態に陥ったり、近隣の敬遠により、本人が希望しないにも関わらず、サービス提供者や家族の疲弊とあきらめによって施設入所に至っていたと示している4)。   

このことは、本人の意思だけでなく、病気の進行や家族、専門職、地域との関係性により地域での暮らしを維持することが困難になることを示している。つまり、本人を中心としたケアを行っていくためには、それぞれの関係性や関わりについても検討していく必要がある。今回は地域と専門職に焦点を当てる。認知症ケアにかかわる機関として、医療機関や地域包括支援センター、居宅介護支援事業所、通所施設等の介護福祉機関があり、保健医療福祉に係る専門職が協働しながらそれぞれの役割を担い、状況に応じた支援を行っている。これまでに、居宅介護支援専門員が要介護高齢者の在宅生活を不可能と判断する要因を明らかにした研究では、「本人・家族」、「ケアマネージャーの思い」、「ケアマネージャーの資質・能力」、「在宅生活維持のための支援」という4つの要因があることを示している5)。これまでの認知症高齢者の地域での暮らしに関する研究では、地域生活の困難事例について明らかにしたものはあるが、その限界点について具体的に示したものはない。そこで今回は、保健医療福祉専門職が捉える認知症高齢者の地域での暮らしの限界について明らかにすることを目的とする。さらに、地域によって人々の暮らしに対する思いや捉え方、医療福祉サービスが異なることから、地域の暮らしを考える上で大きく関わる地域特性にも注目する。

<引用文献>

1) 厚生労働省:地域包括ケアシステム.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki- houkatsu/(参照2020年12月7日)
2)安武綾:認知症plus家族支援 地域で安心して暮らすために、1-14、日本看護協会出版会、東京、2020.
3)井藤 佳恵、多田 満美子、櫻井 千絵 他:地域において困難事例化する認知症高齢者が抱える困難事象の特徴 : 認知症ステージによる検討、老年精神医学雑誌、24(10)、1047-1061、2013
4)久保田真美、堀口和子;介護支援専門員がとらえた認知症高齢者の独居生活の限界 : 独居生活開始から施設入所までの過程より、日本在宅ケア学会誌、21(1)、67‐75、2017
5)南 幸子,井上善行:居宅介護支援専門員が要介護高齢者の在宅生活を不可能と判断する要因についての研究その2~判断に至るプロセスと要因分析~,自立支援介護学,10(2),180‐189,2017

【計画】

1.文献資料の調査 

1)離島、へき地を含む地域での認知症高齢者に対する支援がどのようになされてきたのか、地域の特徴や歴史、社会的文献の調査 2)近年の実践的報告資料から、地域で生活する認知症高齢者に対する専門職の支援がどのようにされてきたのか調査

2.保健医療福祉専門職が捉える認知症高齢者の地域での生活の限界

1)調査方法 認知症高齢者に関わる保健医療福祉の専門機関に勤務する職員(社会福祉士,介護支援専門員,保健師)を対象に調査を行う。専門機関としては,地域包括支援センター,居宅介護支援事業所を想定している。調査は面接法で行い、調査内容を基に作成するインタビューガイドを用いて半構造的に行う。面接は1回を予定する。基本的にインタビュー調査は対面で行う想定であるが,天候不順,コロナウイルスの感染状況により対面でのインタビューが難しい場合は,オンラインでのインタビューも考慮する。インタビュー調査を進めながら,場合によってはフィールドノーツを使った研究やアンケート調査あるいはサーベイ調査を用いた方法も考慮する。

<調査内容>

①在宅生活支援をする中で,専門職として行う家族への支援や地域住民との関わり ②在宅生活支援をする中で,サービス体制をどのように整え他職種と連携しているか
③在宅生活が困難と感じた事例について 
④在宅生活から施設ケアへと生活の場が変わった場合の本人及び家族の思いや変化等 2)実施場所 地域によって、人々の地域での暮らしに対する思いや捉え方、医療福祉サービスが異なることから、離島、へき地を含めた鹿児島県内を調査地とする。 ・検討している調査地 鹿児島市、南大隅町、奄美大島、三島村もしくは十島村 等

3)分析方法 質的帰納的分析を行う。インタビュー内容の逐語録を作成し,意味を損なわない単位で切片化する。その後分析テーマに関する記述を抽出してコード化し,コード化したデータを読み返し,類似するものを集める作業を繰り返してサブカテゴリ化する。次に,各調査データにおいて抽出されたサブカテゴリを統合し,内容の類似性を確認してカテゴリを生成する。

【報告】

1.文献・書籍を収集し、認知症ケアの変遷、地域や認知症グループホームでの生活環境、保健医療福祉専門職の地域での支援に関する先行研究等について調査することができた。また、地域で行われている認知症施策を把握するために、鹿児島県内の市町村高齢者福祉計画についても調査を行った。その後、聞き取り調査の準備として倫理審査の申請を行い承認を得た。

2.離島・過疎地域における認知症高齢者の在宅生活の現状と課題について検討するために、保健医療福祉専門職を対象に2つの地域でインタビュー調査を行った。調査は7名の方(保健師、看護師、社会福祉士、主任介護支援専門員)に同意いただき実施した。インタビュー内容から逐語録を作成し、質的帰納的分を行った。その結果、「保健医療福祉専門職が捉える地域と認知症高齢者の在宅生活」に関する7つのカテゴリが抽出された。まず、地域によって住民同士の繋がりや支援体制が異なること、認知症の発症により地域の関係性が変化すること、そして地域との関係性の悪化や認知症状の進行により在宅生活の限界を迎えていることが明らかになった。専門職は日常的に多職種で関わり、本人・家族・地域住民への支援や地域への働きかけを行っていた。また、専門職が捉える今後の認知症ケアに対する課題についても明らかになった。今後も引き続き調査を行い、地域でのよりよい暮らしが送れるための支援方法について検討していきたい。

トップに
戻る