ちびくろサンボ論 

                          前村愛子

はじめに

 みなさんは、『ちびくろサンボ』という絵本を知っているだろうか。1988年に日本で絶版になり、各メディアで話題になった本である。私がこの本を調べようと思ったきっかけは、図書館資料論の講義の中だった。図書館では、差別表現のある資料の扱いについて議論が続いており、その代表的な本として、『ちびくろサンボ』が挙げられていた。私は、それまで『ちびくろサンボ』という話をまったく知らなかった。講義を聴くうちに『ちびくろサンボ』についてより詳しく知りたいと思い、調べてみることにしたのである。

1.『ちびくろサンボ』が絶版になるまで

 『ちびくろサンボ』は、作者がヘレン・バナマンで、1899年にロンドンのグラント・リチャーズ社より出版された。その後、1900年にはアメリカで出版され、1953年に岩波書店から最初に日本で出版された。日本では、計53点の『ちびくろサンボ』が出版され、爆発的な人気となった。しかし、1988年アメリカのワシントン・ポスト紙がサンリオの「サンボ&ハンナ」とそごう東京店の黒人人形を人種差別的と批判したことがきっかけで、『ちびくろサンボ』が問題となり、各出版社は次々と『ちびくろサンボ』を絶版にした。こうして『ちびくろサンボ』は消えていった。そして長い年月が経ち、今『ちびくろサンボ』はまた瑞雲舎という出版社から出版されている。

2.イギリスとアメリカでの『ちびくろサンボ』

 先ほど1では、日本を中心に絶版になるまでの流れを簡単に述べてきたが、ここでイギリスやアフリカでの『ちびくろサンボ』を述べたいと思う。

 ヘレン・バナマンが『ちびくろサンボ』を書いたのは1898年、娘二人をインドの高原避暑地に送り届けた後、夫の任地であるマドラスへ戻る列車の中でのことだった。この作品は、その後まもなく一冊だけの私家版として作られ、二人の娘のもとへ届けられた。この手作り絵本は出版を予定したものではなかったが、彼女の友人が出版を強く勧め、その友人がこれをイギリスへ持ち帰り出版社と交渉した。その結果、『サンボ』は1899年、イギリスの出版社グラント・リチャーズから著者権買取りを条件に出版されることとなった。バナマンは、著作権の譲渡を拒否したが、出版社に強引に押し切られた形となり原稿さえ戻らなかった。そのためほとんどのイギリスの『ちびくろサンボ』の著者表記にヘレン・バナマンという文字はない。グラント・リチャーズ版のサンボは、『子どものためのダンピィ・シリーズ』の第4巻として1899年10月に出版された。『ちびくろサンボ』は、さらにアメリカでも1900年にフレデリック・ストークス社から表紙を付け替えただけで出版された。アメリカでは、登場人物をアメリカ南部の黒人奴隷やアフリカ「土人」に書き換えるなど差別的なアレンジをされ、バナマンを著者として明記しないまま多数の『ちびくろサンボ』の異版が生み出され、その中で爆発的に受け入れられたのだった。

次にイギリス・アメリカの現在の『ちびくろサンボ』出版状況は、まずイギリスでは、グラント・リチャーズ社から版権を引き継いだチャトー・アンド・ウィンダスによるオリジナル作品の出版が長く続いてきたが、1989年現在チャトー版が絶版扱いになり、ラインハート版が新たに出版され始めたことになっているが、両者はまったく同じ内容の版である。アメリカでは、3社の『ちびくろサンボ』が購入可能となり、この内2点はいずれも、オリジナルの文章とチャトー版と同じイラストを使用した版だった。(ただし一つはチャトー版オリジナル・イラストの模写を使用しており、編集されていたイラストの数はチャトー版より少なかった。)未確認の一点はハーパー・アンド・ロー社のものだが、これは出版事項から判断するかぎりでは、1923年に初版を出していたリッピンコット版を買収しての版と考えられる。リッピンコット版はチャトー版のレベルでのオリジナル版である。つまり、アメリカでも現在残っている版はチャトー版のオリジナルのみということになる。

3.『ちびくろサンボ』はなぜ絶版になったのか

 では、なぜ『ちびくろサンボ』は問題になったのだろうか。それを述べる前に、『ちびくろサンボ』の内容について述べておきたいと思う。

 ちびくろサンボは、母マンボと父ジャンボからもらった洋服一式と靴と傘を身に付け、ジャングルへさんぽに出かけていった。そこでトラと出会い、食べられるかわりに服や傘を一頭につき一つずつ渡していった。なにも身につけるものがなく困り果てていた時、トラの鳴く声がして見に行くと、ちびくろサンボがあげた服や傘を身につけたトラたちが、だれが一番立派かを競っていた。そのうちケンカになり、つけていた服を脱ぎ捨て、やしの木の下で輪になりお互いのしっぽをかみ合い回り始めた。それを見てちびくろサンボは脱ぎ捨てられた服を身に付け帰っていった。トラたちは、体が見えなくなるくらいまで回り続け、バターとなった。その後、仕事帰りにジャングルを通った父ジャンボは、バターを見つけ、持っていた壷にいれ持ち帰った。そして、家で母マンボが、バターを使ってホットケーキを作り三人でそれを食べた。これが、『ちびくろサンボ』の全容である。

 どこが問題になったかというと、第一に、主人公の名前の「サンボ」である。「サンボ」という言葉はアメリカでは、黒人を差別する語として使われている。第二に、醜い絵が黒人のイメージを決まった形にしているという点である。第三に、話の内容である。持ち物をすぐに渡してしまう主体性のなさと、食欲が黒人のイメージを焼き付けているとして問題に挙げられている。(ここで補足しておく。食欲の問題について、先ほどの全容では述べていなかったが、話のなかで、最後にホットケーキを父ジャンボは55枚、母マンボは27枚、サンボは169枚も食べている。)

4.図書館での『ちびくろサンボ』のありかた

このように黒人に対しての見かけ・行動・呼び名を差別するといわれる『ちびくろサンボ』であるが、資料を無料で提供している図書館では、どのように対処すべきなのだろうか。

まず、図書館とは利用者に利用者の求める資料を提供するところである。利用者がもし『ちびくろサンボ』問題に興味を持ち、調べるときに、問題の『ちびくろサンボ』を図書館が所有していなければ、利用者はどこが問題かを詳しく知ることができない。1954年に採択され、1979年に改訂された「図書館の自由に関する宣言」でも「図書館は資料提供の自由を有する。」と述べていることから、図書館はありとあらゆる資料を収集し提供する自由が保障されていなければならない。もちろん『ちびくろサンボ』も例外ではない。次に収集した資料をどのような形で利用者に提供するかということである。これは各図書館で図書館員が十分に検討した上で対応することが重要である。『ちびくろサンボ』という作品の差別性への評価をするのはなによりもその話を読んだ読者であるべきである。図書館員の勝手な判断で『ちびくろサンボ』を廃棄したり閉架書架に入れてしまったりすると利用者の提供を受ける自由が侵されてしまう。だから差別性のある本は対応を慎重に行わなければならないのである。

5.私の意見

 最後に1〜4の中で述べてきたことから私自身の考えを述べておこうと思う。

 確かに『ちびくろサンボ』の挿絵や名前、行動は黒人を差別するようなものである。しかし、だからこそ『ちびくろサンボ』を子どもや大人にもっと見てもらい、黒人差別を考えるきっかけにしてほしいと思う。なぜなら、『ちびくろサンボ』は黒人のすべてを描いていないからである。たとえ『ちびくろサンボ』の中で黒人が自分の持ち物をすぐに渡していようが、ホットケーキを大量に食べていようがそれは『ちびくろサンボ』の中のことであって、実際黒人は私たち黄人や白人と何も変わらない。文化の違いはあるけれども同じ人間である。

多くの人にこのことを知ってもらうにはやはり図書館が必要不可欠である。図書館は多くの人に資料を提供できる場なのだから『ちびくろサンボ』が絶版になった時代背景もあわせて『ちびくろサンボ』をもっと提供してほしい。多くの人は、なぜ絶版になったのか知らされずに出版社が次々と絶版にしたため黒人差別について考える機会をなくしてしまった。今の若い世代は『ちびくろサンボ』という話さえ知らない。だから図書館はもっと自主的に情報発信をするべきである。『ちびくろサンボ』のことについて書かれた本はたくさんある。『ちびくろサンボ』のことをよく知ってもらって、黒人差別について十分考えてもらうためにも図書館は重要なのである。国際化が進む今、差別の問題は避けては通れない問題となってしまった。これからは差別的な本が増えないためにも多くの人に差別について考えてほしいと思う。

 

参考文献

『ちびくろサンボ』絶版を考える 径書房編 径書房発行 1990

「ちびくろサンボ」問題を考える―シンポジウム記録 日本図書館協会図書館の自由に関する調査委員会関東地区小委員会編 日本図書館協会発行 1990