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Vivid forum Column

国際経済論をなぜ学ぶか

閉鎖経済と開放経済

  経済学の理論は閉鎖経済(一国経済ともいう)を前提に出発する。ケインズの一般理論も閉鎖経済モデルである。しかし、現実に完全な閉鎖経済は存在しない。それに近い国も北朝鮮やかつてのアルバニアといった特殊な国に限られる。

  閉鎖経済を前提にする経済理論は開放経済にはそのままあてはまらない。例えば、閉鎖経済では国民が必要とする財やサービスを全部国内で分業生産しなければならないが、開放経済でその必要はない。日本は相対的に効率よく生産できる財やサービスに特化して、その他のものは輸入すればよいのである。また、成長を促進するために財政支出を拡大することは、閉鎖経済ではある程度効果を生むが、開放経済では自国通貨高になって経常収支を悪化させ、全く効果を生まないケースがある。このように、現実の経済を考えるにあたって閉鎖経済モデルの経済理論は役に立たず、開放経済モデルの経済理論を知らなければならない。

長期不況の海外要因

 現在、日本経済は長期不況に苦しんでいるが、長期不況の原因であるバブルの発生は国内要因だけによるのでなく、海外要因も働いていた。つまり、開放経済であることが関係していた。

 話は1980年代前半のアメリカ・レーガン政権の経済政策に遡る。レーガン大統領の「強いアメリカ」政策の結果、ドルが急上昇し、アメリカは経常赤字と財政赤字という双子の赤字を背負い込んだ。これではアメリカ経済の先行きは暗く、世界経済も不安定になるということで、19859月、アメリカ政府はドル高を是正する国際為替協調を要請し、日本、西ドイツなどの主要国が応諾した。これがプラザ合意である。

 主要国政府の協調介入によってドルは急激に下落し、円は急上昇した。僅か1年足らずの間に1ドル250円から160円という円高になったため、輸出産業は大打撃を受け、1985年、86年に日本経済は円高不況に陥った。日銀は景気を建直そうと金融を大幅に緩和し、金利を引き下げた。その効あって、87年に景気は立ち直り、金融緩和の必要はなくなった。しかし、双子の赤字が改善しないため、アメリカの金融市場は不安定で、8710月にブラックマンデーと呼ばれる株価の大暴落が発生した。この対策としてアメリカの中央銀行FRBは金利を引き下げ、日・独の中央銀行にも協力を要請した。このため、日銀は引締めのチャンスを失って、89年まで金融緩和を継続する結果となった。日本経済は未曾有の低金利と過剰流動性が長期間続いて、株式・不動産などの資産価格が急騰、バブルとなったのである。このバブルが90年代に入って崩壊し、銀行が巨額の不良債権を抱え込んでしまったことと、その処理を先送りしたことが、今日に至る長期不況の一番の原因である。この他、円高に伴う製造業の海外移転や、中国が世界の工場になって、日本企業の活動範囲を狭めていることなども影響している。

 このように、開放経済下では経済政策を国内経済本位に運営することが出来ない場合がある。主要先進国のG7は度々政策責任者に会合を開いて政策を協議する。しかし、実際のところ政策協調は超大国アメリカの利害に左右されることが多いので、日本の政策当局は国益を損なわず、孤立もしないように、うまく立ち回る必要がある。

国際化とグローバル化

 戦後、日本経済が再び国際経済に復帰した時から、国際化という言葉が一つのキャッチフレーズとして頻繁に使われてきた。ところが、90年代以来、グローバル化という言葉が似たような意味で使われるようになり、現在ではグローバル化の方が優勢ではないかと思われる。しかし、国際化とグローバル化は似ているが、同じではない。

 国際化の意味を「企業の国際化」、「大学の国際化」、「日本人の国際化」という文脈で考えてみよう。「企業の国際化」は企業が海外進出したり、海外から資本や人材を受け入れたりすることである。次に「大学の国際化」は海外の大学と交流を深めることで、具体的には教員や学生の交換、共同研究などを盛んにすることである。最後に「日本人の国際化」は海外で活躍でき、外国人と対等に交渉できる日本人を増やすことである。

 今度はグローバル化の意味を「企業活動のグローバル化」、「経済のグローバル化」という文脈で考えてみよう。「企業活動のグローバル化」は企業が国籍にとらわれずに、地球上の最も効率の良い場所で生産や研究開発などの活動を行うことである。「経済のグローバル化」は貿易や資本取引が高度に自由化されて、地球上のどの場所とも国内と同じようにモノ、サービス、資本の取引を行うことである。換言すれば地球規模での効率追求や地球規模での競争が行われることである。

 このように考えると、海外進出あるいは海外からの受け入れという意味であっても、国際化は必ずしも地球全体を対象にしていないのに対して、グローバル化は地球全体を念頭に置いている。隣国の韓国と交流すれば国際化したことになるが、グローバル化したことにはならない。また、国際化には国境を越えてという意味合いがあるのに対して、グローバル化は国境をないかのごとく扱う。中国に進出するかどうかでなく、深?か広州かを問題にする。国際化を考える時の世界はサッカーボールのように仕切りがあるのに対して、グローバル化を考える時の地球は大きなごむまりのようにのっぺらぼうである。

 グローバル化は国境をないかのごとく扱うとはいえ、これはあくまで擬制であり、理想であって、実際に国境は厳然と存在し、各国は自国の利益を最優先する。国際経済論はもともと2国モデルでスタートしているように、国境を越える経済取引の法則を理論化する学問である。国際貿易の比較生産費説は、各国が自国の利益を最優先しながらも、なおかつ国際分業することが両国にとって最大の利益であることを明らかにする。世界経済がいかにグローバル化しても、国境がある限り国際経済論の有効性は変わらない。むしろモノ、サービス、資本が国境を障害とせずに自由に移動する今日こそ、国際経済論が有効性を発揮するのである。■