今、世で、


 <へんた ━ い(変態)心理学の復権が始まった!>

   ここでは超心理学parapsychologyについて、日本と世界での研究展開のフロンティアをお知らせする。
   まず、ヘッドライン「へんた~い(変態)心理学の復権が始まった」が何を意味するか、を知っていただくために、異常心理学の復権と題してお話ししよう。

異常心理学の復権  オイガー教授 (福来博士の写真、準備中)

福来教授の異常心理学講座(東大)

   かつて東京大学には異常心理学の講座が置かれ、そのポストには日本の超心理学のパイオニア福来友吉博士が就任していた。博士は明治維新なったばかりの1868年に岐阜県の高山市に生まれ、東京大学に進んでからは心理学を志し、特に催眠研究に従事した。その研究により1905年(明治39)に文学博士の学位を与えられ、同時に講座担当者となった。しかし、彼の透視および念写の研究が学会・言論界・世間の議論を巻き起こし、ついには彼は大学と講座から去らなければならなかった。その後、東京大学は講座を空位にし、やがて廃止した。
   今日、日本の大学においては異常心理学の講座を耳にすることはなく、恐らく皆無であろう。異常心理学を内容をなしたものは今日では、「臨床心理学」か、心理学畑を離れて精神医学の中に吸収されてしまった観がある。もっとも「臨床心理学」の講座が正式に開設されたとの大学情報も乏しいようであるがーー。このような異常心理学の衰微や廃止は日本だけではなようで、手持ちのアメリカの心理学辞典からも「異常心理学」の項目が完全に消失している。日本の代表的なそれからも姿を消している。


異常心理学=変態心理学の研究対象

   “こころの異常”は常識的な語感として好ましいとは思われず、病理的な連想が働くし、実際その名の下に取り扱われた心理現象の殆どはマイナスの劣性のものばかりであった。しかし、元々はそうではなかった。昭和5年を初版とする岩波「哲学小事典」では、異常心理学は「(A)精神異常者の心理ならびに(B)正常人の例外的心理状態(夢・催眠状態など)を研究対象とする心理学」と定義されていた。異常とは言わないで「変態心理学」と呼称されたこともある。この定義が生きていた当時の研究者たち、殊にフランスの彼らはAとBを関連づけるような著しい現象に遭遇し、注意を向けた。シャルコー(J.M.Charcot)、ジャネ(P.Janet)もそうであるし、センセーショナルなケースはメスメリズムであった。しかし、上の定義は時を経るにつれて狭義となり、Bは忘れられるか除外され、Aにのみ学者の注意は集中した。本来はAとBは分離されるべきものではなかったのにも拘わらず、そうなった


超心理学parapsychologyの存立根拠

   AとBは、一つのエレメントの両面であると信ずべき理由は、超心理学からも出ている。超心理学が指示するサイ(psi)は効果としてヒットとしてもミスとしても現れることがそれである。アブノーマル(abnormal)が意味する正常からの“逸脱”はプラスの方にもマイナスの方にも顕現する。異常心理学が復権すべき理由がそこにあり、今こそそのときである。科学としての異常心理学が永かった冬眠から覚め、ふたたび市民権を得てその潜在的な実力を徐々に表すべきである。超心理学はBをよく担当できるが、漠然たるものにオーダーを落としたAにも活力を与える。(日本超心理学会機関誌「超心理学研究」2巻1号、p.1-2 から転載)