学ぶ顔つき、いきいき輝く
中国の若者たち
中国・大連外国語学院は本学と教育・研究の交流を行っている大学です。学生数7000人、本学は5000人ですから、大きな大学です。
現在こちらから3人の学生が留学し、向こうからは2人の留学生が本学で勉強しています。また語学集中コースの短期研修生として12人の本学学生が出かけています。学生だけでなく教員の交流も活発です。
大連市は人口560万、中国東北地方の産業の中心地であるだけでなく、中国の産業発展をになう次の地域(経済特別区)として急速に成長しています。そのせいもあり、また過去日本の租借地であった歴史もあり、進出している他の外国企業に比べ、会社数、直接投資額をみても、日系企業の密度がいちだんと高い地域です。
この9月、大連外国語学院の創設40周年記念式典に出席しました。記念式典のほかに、経済特区にある日系企業を訪ね、それからJETRO(日本貿易振興会)で日系企業の活動状況を勉強しました。日系企業の現地採用の実情を知りたい、つぎに国際的なインターンシップの可能性があるかを探りたい―これがわたくしの主たる関心でした。
驚いたことに、すでに日本の大学2校が大連に来て、国際的なインターンシップの可能性を模索していました。国際的なインターンシップを大学が組織するには、個別の企業あるいはその団体との間で直接はなしを進めることは、難しいようです。先の日本の大学は、民間の専門仲介会社に委託して、検討することになりました。
交流協定校の間で、国際インターンシップを設計するという方法もあります。大連外国語学院の学長も関心をもたれているようでしたが、大連つまり中国国内のインターンシップが進められてはいません。協定校を介した国際インターンシップには、現地のインターンシップの充実が先行しなければならない、と思います。
前から頼まれていたので90分の講義(講演)をしました。タイトルは「高度成長の後にくるもの―日本の体験を振り返る」。
ご存知のように中国は、この10年来10%前後の経済成長を続けています。日本の場合もそうでしたが、先進国の模倣、技術の導入それに中国の場合は海外企業の直接進出もあって、いまや「世界の工場」と呼ばれる急速な成長ぶりです。
このようなモノ・サービスの生産と普及のあとに、これを支えていたシステムあるいは基本的なものの考え方では、社会の統治ができない時代が来ます。その理由と新しいシステムの必然性を、日本を例にとりながら説明しました。
聴講する学生たちは長くても数年後に、その新しい課題に直面するからです。300人近い学生が私語ひとつなく聴いていました。真剣な青年たちのまなざし―それは80年代の韓国や台湾で講義したときの学生たちの、それから市川昆さんの記録映画「東京オリンピック」、「大阪万国博覧会」がとらえた日本国民のまなざしと同じ輝きでした。
