「何を教えるか」のヒントに

6000ccに点火:No.3(2004/6)

「ピアノ」公開レッスン

学生をひきつける講義をする能力つまり教授能力の開発を考えるとき、方法(how)の要素も重要ですが、その科目の中で何を教えるかというwhatの要素も重要です。前回このコラムで、中園聡先生の「先史・原史文化論」にふれました。先生の講義はパワーポイントを効果的に利用して、howの点でもよく工夫されていますが、whatの点でも注目しました。

初期弥生時代の文化という講義で「何」を、学生に教えるか。先生が選んだのは、ひとことでいえば、「ものの見方」です。もっと具体的にいえば、朝鮮半島と九州西北部の土器の比較から、それを作った社会システムとその文化を探るという「ものの見方」です。この「ものの見方」を一番よく理解してもらうために、パワーポイントというhowが不可欠である。whatとhowの関係をわたくしはそう考えます。
ところで先日『くすのきの森から』の第4号を読みました。このリーフレットは、短期大学部音楽科と卒業生をつなぐミニ・メディアです。記事の中にF・ヴィバウト教授(英国王立音楽大)のピアノリサイタルと公開レッスンがありました。公開レッスン―パイロット授業という公開による講義が重要であると考えてきましたから、この記事はわたくしの関心をひいています。

 「レッスンで強く印象に残ったのは、演奏技法が極めて科学的に分析されていること、腕や肘、手首の使い方、筋肉のリラックスの仕方など、まるで体操選手の練習を思わせた。それから、音や和音の一つひとつに徹底的にこだわる姿勢。個々は微細だが、全体を通じると微細は大きな変化を生む。練習は好きではない、あまり練習しなかったという言葉にも驚いたが、少ない練習にもかかわらず多くのレパートリーを維持する裏付けになっているのだと思った。学生・教員ともに収穫の大きな公開レッスンだった」。これは『くすのきの森』の編集者松原先生の文章でしょうか。
この記事に続いて、公開レッスンを受けた5名の学生・卒業生の感想文が載っています。「ヴィバウト先生のレッスンを受けていくうちに、自分の出す音色が変わっていくのがわかって、それにすごく感動したし、・・・本当に優しく、そして丁寧に教えてくださって、楽しくレッスンを受けることができました」。「演奏した曲はバイオリンとの掛け合いが多く、同じフレーズをバイオリンとピアノで同じように弾くのが難しかったのですが、先生の助言でピアノを弾く腕の使い方とバイオリンの弓を弾く腕の使い方は同じということを知り、また体全体の筋肉を使って演奏することや、いままで自分が知らなかったことをたくさん勉強できました」(原文のまま)

レッスンをパイロット授業として公開することに意義があるか―。前から関心を持っていた問題なので、「公開レッスン」に関する記事と感想文は多くの示唆を与えてくれました。受け取ったヒントをならべると、①音楽のレッスンは最小規模の講義である、あるいは講義はn人規模のレッスンである②2人ゲームとn人ゲームの間にある違いと共通性のように、レッスンと講義の間の違いと共通性は何だろう③レッスンは、FDにおけるwhatの重要性つまり教えられる者のこころを動かすための、教えるものの能力・創意の大切さを、原初的に・極限的に・開示的に示していないか、などなど。

  結論を急ぐのはやめます。新任客員教授の中村智子先生は6月に、声楽のレッスンをわたくしに「公開」してくださいます。ピアノの岡村先生は6月から、パイロット授業に新たに参加されました。またとない機会に心が弾みます。お二人のレッスンを聴講するまで、ヴィバウト教授の公開レッスンが残したヒントを温め続けようと思っています。

このページの先頭へ