後ろ向きの座席

6000ccに点火:No. 66(2009/10)

過去の蓄積が今のパワーに

9月下旬中国に出ました。「NPO唐芋ワールドセンター」(郷原茂樹理事長)の一行6人に加わり、中国の唐芋事情を調査するためです。中国のいくつかの都市、地方でいえば内モンゴルなど、仕事で出張したことはありますが、いずれも訪ねる先は大学でした。

今回は唐芋事情です。北京農業大学・劉教授の周到な配慮をいただき、農事試験場、栽培農家、唐芋加工メーカーなどを訪ね、わたくしなりの見聞ができました。

おおまかにいえば黄河流域に属する3つの省を、マイクロバスで移動します。中国は広い。知識にはあっても、初めての実感です。その広大さは時間と空間を考えるヒントを、教えてくれました。旅行の副産物、そう思っています。

バスには乗降ステップに続いてすぐ、折りたたみの後ろ向き座席があります。ある日、続く長旅の気まぐれか、前向きの定席が空いているにもかかわらず、その座席に座りました。進行方向を背にこれほど長時間、自分の前方つまりバスの後方に展開される風景の様子を眺めたのは、わたくしにすれば初めてです。

直近左右の視界を、束になった矢のように現れ、飛び去っていく風景は、真正面に展望するほとんど動かない風景のなかに、次から次へと配置されていきます。ほとんど不動の山や畑の像の上に新しい像が加わって、後方の展望はまるで描きかけの絵ができあがっていく、その過程をみせてくれるかのように。

わたくしの後ろ、つまりバス前方を眺めるとどうなるか? 興味に駆られて定席に移り、今度はバスの前方を見つめました。はるか遠くの前景はほんの少しずつ近づいて、もっと近づいてみてみたいと興味をそそります。

しかし後方を見つめているときと違い、左右を通り過ぎる風景は、通り過ぎるや二度と視界に登場することはありません。前へ前へとわたくしの関心は引きつけられ、過ぎた風景は忘れられていきます。移動する物体の中で、眼球が認知する構造を前提にすれば当然のことですが、人間が時間と空間を認知する「様式」の違いを、示唆しているように思えました。

後ろ向きの座席はあたかも歴史を展望する視座、定席は未来を展望する視座。あるいは前者は成年期の認知様式、後者は青年期の認知様式。さらには森敦さんの小説『月山』の象徴的な書き出しの秘密という具合に、です。

新幹線や航空機に一度は乗りましたが、バスならではの大陸移動が誘ってくれた「自問自答」でした。

 

 

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