観る人の心の扉を照らす技

6000ccに点火:No.53(2008/9)

光と影

9月初めヨハネス・フェルメール(オランダ、1632―1675)の絵を観ました。運河に囲まれた小さな街デルフトの他の画家たちの作品も一緒に、東京都美術館で12月14日まで展示されています。(『フェルメール展―光の天才画家とデルフトの巨匠たち』)

世界に36点しか残っていないフェルメールの絵。母国の国立美術館(アムステルダム)、マウリッツハイス王立美術館(ハーグ)ですら、合わせて7点しか所蔵していません。それが7点も来日するというのですから、たいへんな人出でした。他の巨匠たちの作品はスキップして、2階に展示されたフェルメールの絵だけを数時間たのしみました。

静寂な光の世界。フェルメールにひかれる人たちが、共通に指摘する彼の魅力です。わたくしもそう思います。東京芸大の音楽専攻の学生達は、展示される7点の作品を音楽として表現する、つまり作曲したと聞いています。

来日した作品の内、音楽に関係する絵が3点もあります。「ヴァージナル(鍵盤楽器)の前に座る若い女」「絵画芸術」「リュートを調弦する女」です。「絵画芸術」は、手にトランペットを持つ青衣の女性(「青」は純潔の寓意を持つといわれます)、それを描く画家(後ろ向き)がいる部屋の様子を、カーテンをたくって描いている。絵描きが絵を描くのを描いた絵です。

学生達は音楽が主題だから作曲してみようと思ったのではないでしょう。7点の絵に定着した静かな光をいとおしむあまり、それを音として表現してみたいと思ったに違いありません。

フェルメールの静寂な光と影―例えて言えばそれは秋の光と影。帰りの電車の中でそう思い返していました。秋になり太陽の軌道が低くなるにつれ、地表は長い影に覆われていきますが、彼の絵は多くの影つまり暗部を意識して描かれています。また、秋はその影と同時に、赤や黄色のもみじに輝きます。夏の輝きとは異質の華やかで柔らかい輝きです。

フェルメールの色彩の華やかさは、そのもみじの多彩さです。こうして秋のような光の静寂さが生まれています。ちなみに風景画は1点だけ。「小路」はデルフトの下町の光景。樹葉からみて夏で、丁寧で穏やかな写実に心をひかれました。

静寂の光は、わたくしが観た7点のうち6点では、人物の顔がどちらを向いているにしろ左から右に注いでいます。風景画の「小路」は正面からの光です。

案内をくってみると、右からの光は36点中わずかに4点。しかも左からの光の方が好ましい。なぜだろう? 宿題を提出する夏休みの終わりに、宿題を出されたような気がしています。

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