沈壽官氏から聞いた世界観

6000ccに点火:No.50(2008/6)

馴染みの店で

いつかお目にかかりたいと考えていた14代沈壽官さんと、3月ゆっくりお話しする機会に恵まれました。『故郷忘じがたく候』は、司馬遼太郎さんが書いた14代と沈壽官家の歴史にかかわる伝記風のエッセーです。それを読み直し美山の沈壽官さんを訪ねました。アポイントメントをいただいた対談で、このときほど感銘と対談の愉しさを味わったことはありません。

2007年度の卒業式式辞「父と子そして友」はその感銘の一部を、卒業生に伝えようとしたものです。また新学期になり二つのオムニバス講義(地域創生学科と現代社会学科)を請われたので、14代沈壽官さんの地域・世界観を探る講義をしました。

司馬遼太郎さんと沈壽官さんは、『故郷忘じがたく候』の取材以来の親友です。司馬さんが2年先輩ですが、初対面のときから長年の知己であるかのような出会いだったようです。

「司馬さんと先斗町で呑まれませんでしたか」。「行きましたよ」。「どこですか?」。「…」。「『ますだ』でしょう」とわたくしが誘うと、「そうでした」。

「桃唇向陽開」。掲げてある大らかな書体の司馬さんの扁額に始まり、おばんざいの鉢がずらりと並ぶ白木のカウンター、盃の入った竹籠を客の前に運び、好みを選んでもらう趣向。沈壽官さんは店の風景をよく覚えておられました。

10人ぐらい座れる鉤形のカウンターにそって奥に進めば、靴脱ぎ石、4畳半の小間。部屋の屏風には一篇の詩。「瀬戸内の奈良本丸の走るなる/八尋の海の秋の永きや/依田の山添下村荒るる/秋の北風森谷に満つる/猛き武夫なる/思ひ遙かな夏の藤波 遼」

いわずもがな書は司馬さんの、酔って一気の揮毫でしょう。桑原武夫さん、奈良本辰也さんら酒を酌んで談じ合ったかつての「梁山泊」の世界なのです。この店に沈壽官さんが同道されなかったはずがない。わたくしの推測通りでした。

5カ月ぶりのカウンター。「牢名主」の席と呼ぶ一番奥の席に、はしと馴染みの盃が配してあります。牢名主はそこにふんぞりかえって酒を喰らうように思えますが、そうではありません。空いている席に牢名主が移れば、二人連れが並んで座れる。こういうとき「先生、すんまへん…」となる席でもあります。

酒は「賀茂鶴」。おばんざい2品の後、鮎の塩焼きに鱧落とし。京の夏の一品です。久しぶりの酔い心地でした。大橋の欄干にもたれ納涼の床を眺めます。菱山泉前理事長の葬儀の前夜、秘書の狩集さん、運転手の中馬さんを連れて、『ますだ』に上った。川風に吹かれ、その寒い夜のことを思い出ていしました。

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