進取の気性で独自の世界
「カインド・オブ・ブルー」
週末の遅い朝。目が覚めてすぐ、なぜかM・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」を無性に聴きたいと思いました。手元にはアルバムも再生装置もない。
串木野のパラゴン!
大学に出かけるいつもの朝と違い、頭の中はただ聴きたいという飢餓の引力に圧倒されていました。食事もせずに串木野に向かいましたが、店は準備中。風に騒ぐ楠の並木を行きつ戻りつして開店を待ちます。
パラゴンは数年前、ジャズ評論の友人が薦めてくれた店です。自分でもジャズカフェを経営していた彼の推薦にかなう店で、コレクションといい部屋の雰囲気といい、最初訪ねたときから気に入っています。といっても甑島などへの小さな旅の帰りに立ち寄るという程度で、この日のようにパラゴンが「行く先」というのは初めてです。
ピザと珈琲のブランチをたのしみながら、後で「カインド・オブ・ブルー」を聴きたい、とマスターに頼みました。食事をすませ、さて演奏にかかるのですが、はやる心を鎮めたいのか2杯目の珈琲を注文します。
清冽にときに攻撃的に空気を裂くトランペットの息吹。飢えが癒されていく、渇きが潤されていく。悦楽とはこういうものでしょう、全曲を聴き終えてじっと目を閉じていました。
しばらくしてジャケットを手にします。ピアノのB・エヴァンスがライナーノートを書いています。昔数回は読んだエヴァンスの文章です。当時主流だったアンサンブルの形式は、各パート(楽器)が和声(コード)のアドリブに参加して、演奏を作るのに対し、デイヴィスの方法は、パートが「異時」に参加して、それぞれにアドリブを音列として展開するという新しい様式でした。これが「カインド・オブ・ブルー」の秘密です。
ライナーノートを再読して、ほとんどわたくしの記憶にはない、しかし興味深い文章に気づきました。
デイヴィスは、パートが時間の進行につれて参加する順番とそれぞれのパートの演奏内容の「スケッチ」を数時間前に渡し、いきなり録音に入ります。驚くなかれ、どの曲も最初の録音がベストだったとエヴァンスは振り返っています。この緊張から生まれた新しい形式の美しさとダイナミズムを、エヴァンスは毛筆の「書」または「墨絵」の作法にたとえています。「特殊なブラシと紙を使った日本のヴィジュアル・アート」と彼は書いています。エヴァンスらしい美意識だと知りました。
矢も楯もとりあえずなぜパラゴンに走ったのか。いまだもってわかりません。春一番が吹き、黄砂でかすんだある日の「鬼の霍乱」だったと思うことにしています。
