見直し迫られる「学習効果」
講義と実社会
大学の教育はどうあるべきか。中央教育審議会の「学士課程教育の在り方に関する」小委員会はこれまでの審議経過を9月に公表しています。「学士課程教育の再構築に向けて(審議経過報告)」がそれです。
大学にはいろいろな専攻分野をおいていますが、どの分野でも、次のような「学士力」(基本的「学習成果」)を共通して保証する教育が必要である、という考えです。
「学士力」の構成要素として①知識・理解(専攻分野の基本的知識とそれを通して自分と社会・自然を関連付けて理解する力)②汎用的技術(学習・研究・職業・社会生活に必要な、外国語を含むコミュニケーション能力、数量・情報の活用能力など)③態度・志向性(自己管理能力、チームワーク・リーダーシップ、社会的責任)④総合的な学習経験と創造的思考力―が挙げられています。
いずれもよく理解できる要素です。大学の教育はどうあるべきかと問われれば、どの時代でも、用語は異なり重点の置き方に差があっても、同じ要素が、提唱されまたは暗黙に前提されていたはずです。
それではどうして今、「学士課程教育の再構築」という題がついたのでしょうか。国内的な理由として、大学が増え、大学全入の時代が到来していることにわたくしは注目しています。
誤解を恐れずにいえば、「なんでも・だれでも学べる」ように、大学は専攻分野・科目を増設して対応しました。そのために「学士力」の構成要素にメリハリのついた注意をおこたってきたと思っています。
二番目に注目するのはいわゆる国際化・グローバリゼーションです。欧米の大学は伝統的に「学士力」を重要視しました。グローバリゼーションの進行とともに、日本の社会とりわけ企業は、その風土で育った欧米の企業と取引をしなければなりません。そうして日本の企業組織・人材について、見直しをしなければならないと深く自覚しはじめた。そのひとつのあらわれが、「再構築」です。
中国へインターンシップに出かけた地域創生学科の学生が、中国の学生たちは卒業後のことを考えて履修科目を勉強していると驚いていました。単位をそろえればよい、という勉強ではありません。
中国だけではなく、シンガポールも韓国も台湾も、グローバリゼーションのただなかにあり、平均すれば日本の大学以上に、「学士力」の要素に強い関心を払った教育を行っていることを忘れてはいけません。
