「最後の関門」再整備の時期
学士課程教育の質
4年間(短期大学部の場合は2年間)在学し、必要な履修単位をとると、「学士」の称号がえられます。これで大学を卒業したという認定が行われるわけです。
就職や再就職するとき、就職先は、卒業したことを証明するいわゆる「卒業証明書」を求めますが、それは「学士」という学位を取得していることを確かめるためです。卒業式の日に渡される証書は「卒業証書・学位記」と表記され、卒業生の名前の後に、「所定の課程を修め……」と続いています。
最近この学士課程教育の「質」をめぐって、検討が行われています。
例えば教育再生会議では、単位・進級・卒業認定の厳格化への取り組み、民間機関の試験による大学卒業程度の学力を認定する仕組み。財政諮問会議では英語による授業の拡大、単位互換、海外の大学とのダブル・ディグリー。総合科学技術会議では、教員の任期制、国際公募の導入による教授の流動性などの提言、といったところです。
中央教育審議会でもまた学位授与の方針(学習成果の重視、学士の学位が保証する能力、国際通用性の確保)、教育課程実施の方針(カリキュラムの体系性の確立、教育の内容と方法の明確化、保持すべき学習の幅、シラバスの作成と公表)、入学者選抜の方針(推薦入試やAO入試の広がりを踏まえた、最低限の学力保証を行うシステム)について、検討しています。
中央審議会大学分科会では早ければこの夏にも、中間報告を発表する予定と聞いています。
これらの動きは一言でいえば、少子化により高校でも大学でも、だれでも希望し、納付金を払えば、入学できる環境(高校・大学のユニバーサル化)が生まれ、志願者を募集するために入試の多様化が加速する。この条件の下で、学士課程教育は「質」を保つことができているか、という強い懸念が表面化した、ということです。
本学では教員の授業公開から始めて、参観後の授業批評、学生による授業評価、シラバスの改善という一連の教育改善を数年間続けています。教育開発センターの追跡調査によれば、改善の傾向が出てきています。うれしいことです。
ところで、いま問題になっているのは、個々の先生が授業科目で発揮する教授能力の開発(FD)を超えて、学科全体の科目群(すなわちカリキュラム)が、将来社会人となる入学生の教育として、整備されているか、ということです。
正直にいえば本学も同じ問題を抱えています。カリキュラムを支えている精神が、90年代までの社会環境を前提にしているからです。
