別の方向から考える面白さ

6000ccに点火:No.36(2007/4)

無趣味の逆説

 初対面のとき話を和やかにする配慮からでしょう、わたくしたちは「ご趣味はなんですか」という会話をすることがあります。自分の方からそういうあいさつをすることはけっしてありません。だからぶっきらぼうな性格だと自省するのですが、自分がそう聞かれたとき、「ワインと読書」というぐあいにはっきりいえる趣味を持っていないからです。考え込んで「えーっと」ということになるので、こちらから「ご趣味は?」と切り出せるはずがありません。相手にだけ趣味を尋ねるのは、礼を失しています。

 タクシーに乗ると助手席の背に、運転手の名前と趣味を書いたカードが貼ってあります。すべてのタクシー会社がそうしているのでもないようですが、「釣り」「音楽」「ゴルフ」「登山」「日曜大工」などさまざまです。「ワインと読書」にはまだ出会っていません。

 「日曜大工」の運転手に、「最近何を作りました?」と尋ねたことがあります。「いやー、忙しくて何もしてませんよ」という返事でした。タクシーの仕事は大変だとよくわかっているので、「そうですか、いままで作ったのは何ですか?」と話を継げるわけがありません。それ以後、趣味のことで運転手と話をすることは、たえてありませんでした。

 いちどその禁を破ろうという誘惑に駆られたことがあります。趣味に「ドライブ」と書いてあったからです。運転時間の長い勤務をしながら、さらにドライブ? 「どういうところに行きますか」という質問がのど元まで出掛かりましたが、思いとどまりました。

 禁を破ったことが一度だけあります。趣味の欄を趣味という字ともども白いペイントで塗りつぶし、その上に自筆のマーカーで黒々と〝無〟と書いてあるのです。堂々とした無趣味の宣言です。

 「で、前はなんと書いていたのですか?」と聞きました。「ゴルフ」だそうです。一、二度行ったぐらいで「ゴルフ」と書くのが恥ずかしかったからと彼はいいます。会社にはいってない、会社の定まりだから何かいわれるかもしれない、同僚にもいっていないときまり悪げな話ぶりです。

 客と運転手が同乗する空間に和みを作る。接客のサービスとして、会社は名前と趣味の票を工夫したと思われます。彼の解釈です。

 驚いたのはそれからです。その票をつけて走るようになってから、〝無〟をめぐって客との対話が以前よりずっと弾むようになったと彼はいいます。わたくしと同じような誘惑に負けて、二人の間に無趣味の自慢話に花が咲いたのでしょうか。20分ほどの乗車はあっという間に過ぎました。目配りのいい安全運転だったことを申し添えておきます。

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