こころ遊ばせる空間へ工夫

6000ccに点火:No.21(2006/1)

宝の森

昨年末、植物学の吉良先生(国際文化学部)、植物に関心の深い鎌田総務部長に同道していただいて、経塚の森(通称・こくさいの森)を歩きました。着任して すぐ、駐車場・ユーカリ会館・テニスコートに接するこの森の輝きにひかれ、ときにはやぶをこぎながらなんどか歩いています。今度は植生に明るい二人のお話 を聞けるので、みぞれの降る森の散策を強行しました。

 同道していただいたのは、植生や地形に人工的な変化を加えず、この森を創造や憩いの空間として享受する、その可能性を考えるためです。これは森を最初に歩いたときからのわたくしの夢でした。

昨 年の秋、学生論文コンテストの表彰式がこの森で行われました。この様子は「みなみ風」(第122号)で伝えられています。場所はテニスコートの横からヒノ キでおおわれる小径を下り、左にユーカリのまばらな林が開ける辺りです。小径の右側にいすを並べ、受賞者たちは林の緩い斜面に登場するという配置です。

小春の日差しを透すユーカリの葉、黄葉をはじめた山桜、足元に咲くかたばみの花、それに音楽科学生のバイオリン演奏―経塚の森にこつ然と現れたお祝いの空間でした。狭い会議室ではなく森の広場で、受賞作品に対する祝辞や感想がおおらかにかわされました。

アーチェリーの広場あるいはその一段下の射撃場の広場から森を見上げてみてください。森はだんだん畑のように連なって上に広がっています。広場に仮設の舞台をおけば、森の階段状地形をそのまま活用して、さながら扇形の円形劇場ができあがります。

高い位置から舞台を見下ろす風景にも森の魅力がありました。立ち木を通して観るという素晴らしさです。この劇場で音楽を、あるいは薪能や演劇を楽しむことができるのではないか。みぞれの中で見たわたくしの幻です。

  自然は人間によるある密度の利用を継続しなければ、混乱の繁茂になる―過疎となった山間部の集落を歩いたときの印象です。吉良先生も同じ見解を持っておら れました。経塚の森もその自然の秩序と美しさを維持するには、地区により異なった対応が必要であるとのこと。観察森として保全すべき地区もあれば間伐が必 要なところもあります。間伐が必要な地区の間伐材を使って、いまは使われていない森の中の里道を整備するなど、いくつかの試みが可能なようです。

演劇や音楽も楽しめる空間にするには、多くの知恵が必要ですが、鹿児島国際大学がこころを遊ばせる空間を持つことは、大切だと考えます。「こくさいの森」を宣伝文句だけに終わらせないようにしたいです。

このページの先頭へ