「できる」と考える姿勢こそ
変革への一歩
「天元」の社長・又野一巳さんが大学に来られて、はなしをうかがう機会がありました。現在77才。定年退職をされてから、シラスを原料とする磨き粉・洗顔料の会社を作り(1987年)、昨年第10回かごしま産業経済大賞を受賞されています。
「できると思ったらくよくよ悩まない」―又野さんの自己分析です。よくわかります。会社設立の動機は、潜水艦の少年兵として、真鍮(しんちゅう)の柱をシラスで磨くという日課で教わったことを生かすことでした。
少年のときから40年以上を経て、しかも定年になってから十分な資金もなく事業を始める。「くよくよ」する姿勢ではとても続けられないことだからです。又野さんのはなしに触発されて、次のようなことを考えました。
「できる」と考える姿勢の意味。できると思って仕事あるいは事業を始めても、もちろんいくつかの失敗やつまずきが起こります。しかしそれは始めたからこそ得られた体験であって、始めなかったひとには得られない「知」が獲得されている。だからそうでなかったひとより、見通しが広くまたより正確になる。
これに対し、「できない」と考える姿勢もあります。本当に「できない」こともありますから、そのことをいっているのではありません。習性として「できない」と考えるタイプの姿勢です。
この姿勢は自分を正当化するのに、「できない」理由を探します。困ったことにその努力は、新しい展望をなにもひらかない「後ろ向き」の努力になります。つまり現状を肯定するのに、努力するわけです。
前号のこのコラムで、「お役所仕事」に触れました。「お役所仕事」の姿勢は、「できる」という理由あるいは可能性を検討するという努力をしないで、「できない」という理由に固執している姿勢ともいえます。
研究・教育を職業とする者は、「できる」と考える姿勢がなければ、貢献はできません。新しい発見をすることが務めだからです。失敗や挫折を繰り返しながら、研究・教育者は「独り立ち」していきます。
学生は、研究・教育を職業とはしませんが、自立した自己を形成するという大切な時期を大学で過ごします。学生の場合にも、自立した自己の形成は、「できない」という姿勢からは生まれないでしょう。その姿勢は現状の自分を肯定するあるいはあきらめることにしか、つながらないからです。
