社会から「大学生」へのエール

IUKで、本当の成長をしてきて欲しい

大学の先に待っている、社会という場所。
同じ社会にいたのに、大人のいる世界は、どこか違うもののようだ。
社会で活躍している人たちが考える
IUKの長所や短所、大学生のいいところ、わるいところ。
いずれも、素直に受け入れられたら、社会はもっと身近になるかもしれない。
いわゆる「最前線」と呼ばれる位置で、
社会に責任を果たしている方々から
心からの声援とアドバイスを受け止めたい。



profile

1954年鹿児島県南さつま市生まれ。1973年県立川辺高校卒業後、鹿児島経済大学(現 鹿児島国際大学)経済学部経営学科入学。

卒業後、様々な分野に興味を持ち、キャリアアップのため3回の転職後、1997年現在のエコ・クリエートを設立。2000年に県産再資源レンガの開発に成功。以降、ドルフィンポートを始め、様々な施設に使用されている。

「デジタルの波に、のまれるな。」

株式会社 エコ・クリエート
代表取締役社長
野村 秀洋さん

勉強よりバイトや友人との付き合いを大事にした大学生活でした。入学後は、ユースホステル部に所属。1975年、二十歳になった記念に、熊本駅から別府駅まで歩いて横断するという伝統行事を、私が始めました。バイトは旅行の添乗員。学生のお客さん30〜50人を引き連れて、与論、沖縄、西表島などに行きました。授業にはあまり出ない不良学生だったかもしれないけれど、大学には毎日通い、部室で友達の相談に一生懸命のる日々。おかげで友達は、本当にたくさんできましたね。それが大学生活で得た一番の財産です。現在は起業して、県民の燃えるゴミやシラスを資源に「県産再資源レンガ」を製造販売していますが、卒業して就職した先は、ホンダの部品の系列会社。というのも、大学時代に古本屋で見つけた本田宗一郎氏の「得手に帆あげて」という本に感激したからです。これは今でも私の原点となっています。得手というのは、利き手ではない、もう一方の手のこと。バイクを創るために、利き手である右手でハンマーを持つ。ハンマーを打ち損じて左手が傷つくこともありますが、右手を受け止めてくれる傷だらけの左手があるおかげで、今のホンダがあるとその本には書かれています。

私の大学生活に当てはめると、好き放題(右手)やってきたけれど、そんな私を受け止めてくれる国際大学(左手)があったからこそ、今の私があるのだと思っています。大学の懐の深さに感謝していますね。しかし最近の大学は、デジタルを求めすぎていると危惧しています。学生たちも、喜怒哀楽を分かち合うコミュニケーションを求めない、傷付くのが恐い。昔は、焼酎を片手に教授と何時間も話していたんです。君たちの未来は、グローバル社会の拡大と多様な価値観の交差する肉食社会を生き抜いているはず、人の顔を見て、目を見て、話すことが大切だと思います。

国際大学を志望する高校3年生にアドバイスするのは3つ。
1.大学は「自分さがし」をする場所ではない。コミュニケーション能力を磨いてください。
2.大学は自由な雰囲気というイメージがありますが、世の中に出たら不自由・不平等だらけ。不自由・不平等の中から得手の自由を見つけてください。
3.最近の若い人たちは、すぐに個性個性と叫ぶけれど、個性なんて役に立たない。自分たちの可能性に挑戦し続けてください。可能性の中に個性はついてくるものです。

不自由を乗り越えるのが、コミュニケーション能力。大学ではいちいち教えてはくれません。自分たちで見つけて、自分たちの手で変えていって欲しい。得手に帆をあげて!




profile

1982年鹿児島県立宮之城高校(現 薩摩中央高校)卒業後、鹿児島経済大学(現 鹿児島国際大学)社会学部(現 福祉社会学部)社会福祉学科入学。

1986年に卒業後、社会福祉法人青鳥会吉野学園に就職。現在、同法人が運営する吉田愛青園に勤務。

「大学は原点。」

社会福祉法人 青鳥会
吉田愛青園(知的障害者福祉施設)支援課長
森 繁広さん

高校を卒業したその年に、社会学部(現 福祉社会学部)が開設されました。

だから私は学部の一期生なんです。大学を目指した理由も、新しい学部という期待感が大きかったからだと思います。また、高校時代に所属していた演劇部で、障がいを持った方のことをテーマにしたことがあり、そういった経験も少なからず学部を選ぶ際に影響していたのかもしれません。

入学後は、ボランティアサークル「ふれあい」を立ち上げました。サークル活動を通して、将来目指すものが具体的に見えてきたと思います。実際に養護施設などの現場に出向き、お手伝いをさせて頂くんですが、実は当時、サークルのメンバーと約束したことがあります。「自分たちが楽しもう。誰かのためにやっているという思いは、持たないでおこう」と。自分たちがまず楽しくないと、施設にいる利用者の方々も決して楽しめないと思ったんです。初めこそ、少し緊張気味でしたが、一緒に笑えたときは本当に楽しかったです。そんなかけがえのない経験をさせてくれた大学には、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

卒業後は、ゼミ実習の際に2週間泊まり込みで勉強させて頂いた、吉野学園という児童施設に就職しました。当時、児童施設の入所は18歳までとされており、18歳を過ぎると退所しなくてはいけないのですが、障がいの重い方は、なかなか大人の施設で受け入れてもらえないのが現状でした。これは自分たちの法人で何とかしなくてはと思い、立ち上げたのが現在の勤務先である吉田愛青園です。

現場に出て20年以上が経ちますが、世の中の理不尽や、障がい者の方々の環境の不備など今でも壁にぶつかることがあります。でも自分からぶつかっていかないと道は開けない。そんなとき私自身を支えてくれるのが、大学時代に学んだ知識や経験なんです。福祉の歴史や基本的な知識など、大学の4年間で学べることはたくさんあります。即戦力を求める専門学校は、どうしても技術だけになりがち。プラス2年の大学生活の中で、ぜひ理念や知識を身につけて欲しい。私は今でも、当時の教科書を引っ張り出して読んだりしています。




profile

1943年生まれ
学歴 鹿児島市立山下小学校
ラ・サール中学校、高校卒
1967年3月/拓殖大学 政経学部経済学科 卒

職歴 1967年4月/(株)グローバルユースビューロー入社 現在同社非常勤取締役
鹿児島国際大学短期大学部非常勤講師
肥薩おれんじ鉄道株式会社代表取締役社長

「哲学のある大学生に。」

株式会社グローバルユースビューロー非常勤取締役、 旅行コーディネーター
古木 圭介さん

みなさんは国際化とは何だと考えていますか?私は仕事柄、ヨーロッパに百数十回行っていますが、国際化とは決して英語を話すことではありません。文化の違いを学んで、たとえば友達を作って交流したりする。それが国際化です。英語を話せるに越したことはありませんが、それ以前に英語で「何を」伝えるかが大切です。今の時代、国際化が進みすぎて、英語が話せるだけでは闘えません。それよりも自分の主張や哲学を持つことの方が大切なのです。

私は山に登るのが好きで、疲れたら山に行きます。山に登りながらすることは、考えること。そういう時間や空間を自分で持っているかどうかは大きいと思います。ラッキーなことに、国際大学は環境に恵まれた大学です。じっと桜島を見ながら考える。大学の中でそんな時間をぜひ作って欲しいと願います。最近の学生は自己主張もしないし質問も少ない。偏差値教育のもとで育ったから仕方がないのかもしれませんが、みんな考えも同じで自由な発想がないのです。ディベートの習慣も身につけて欲しいですね。

現在私は旅行会社で旅行コーディネーターをしています。旅を企画することはできますが、作り出すのは実際に旅行した人たちです。ある人が「旅は、その人が持っているものが豊富であればあるほど、面白い」と教えてくれました。人生と同じで、たくさんの経験をした人は、どんな旅でも楽しむことができるんですね。
若い時の経験は、歳をとって必ず活きてきます。私も学生時代には、リュックサック一つ背負って、インドとネパールを旅しました。貧乏旅行でしたが、これ以上に幸せな旅は、まだしたことがありません。

私にとっての山や旅がライフワークであるように、ぜひみなさんにもそれを持ってもらいたい。辛いことがあっても、そこに戻れるという生き方を知って欲しいです。そして、最終的には人から喜んでもらえる仕事を目指して欲しいと思います。最後にもう一度、どうか哲学のある大学生になってください。



profile


2000年鹿児島短期大学(現 鹿児島国際大学短期大学部)音楽科器楽専攻卒業、2001年同研究生修了。

第66回読売新人演奏会に出演。1997年鹿児島県育英財団・国外留学生に選ばれ、ドイツ国立ミュンヘン音楽大学に入学。ピアノソリスト科を首席卒業、同大学院ドイツ・リート科を修了、歌曲伴奏法を修得。

2002年鹿児島県文化センターで帰国リサイタルを開催。2004年南日本サロンコンサートでドイツ・ハレフィルハーモニー管弦楽団とシューマンのピアノ協奏曲を共演し、好評を博す。2005年第30回鹿児島市春の新人賞受賞。鹿児島国際大学生涯学習センターのピアノ講師、鹿児島県立松陽高校音楽科非常勤講師を歴任。

「芸術をはぐくむ環境がある。」

ピアニスト
山下 真紀子さん
(旧姓:新福)

高校時代から音楽を学んでいたので、そのまま音大に進むのは、私の中では自然の流れでした。高校の頃に師事していた先生から、鹿児島短大(現 鹿児島国際大学短期大学部)には素晴らしい先生方がいらっしゃると聞き、夏期講習会に参加しました。充実したレッスンと設備に満足したので、入学を決意しました。

入学後、短大在学中にコンクールに入賞し、海外派遣留学生として約4年半、ドイツに留学しました。短大では、音楽以外にもドイツ文学や哲学、英語などを学んでいたので、留学の際には大きな自信となりました。帰国後はドイツで学んだことを活かし、帰国記念リサイタルを開くなど、県内外で演奏活動に力を入れました。また、国際大学生涯学習センターのピアノ講師、鹿児島県立松陽高校の非常勤講師も務めました。実は短大在学中に、中学校教諭二種免許を取得しており、ピアノ講師として活動する上で、今も大変役立っています。現在は、東京で演奏活動やレッスンを続けていますが、時々鹿児島でもコンサートをしています。これからも仕事を通じて、様々な方たちとの交流を深めたいと願っています。

私が卒業してから、短大が国際大のキャンパスに移転しました。図書館やレッスン室などの設備がより充実しましたし、自然豊かな環境の中で学べるということは、音楽を学ぶ上でも大切な、自然から受けるインスピレーションと創造力を養うことにプラスになると思います。また、時代の変化と共に、社会が求める音楽の形態も変わりつつありますが、国際大学では時代のニーズに合った進路を決めるために、豊富なカリキュラムが整っています。先生方や先輩たちに相談しながら、自分に合った道を選択し、チャンスを活かしていって欲しいと思います。

在学中、レッスンを通じて先生方から教わった音楽への情熱や探究心。また、友人たちと共に分かち合った、技術を向上させていくことの達成感や喜び。演奏家としての大切な心構えとして、学生時代の経験や当時の思いを常に忘れずにいたいと思っています。これから国際大学を目指すみなさんには、友人たちとの絆、素晴らしい先生方との出会いによって得たものを大切に、交流の輪を広げて、生き生きとした人生を歩んでいって欲しいと思います。

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