「大学生」という生き方

IUKで成長する実感、わいてきた。

いまから成長するって、どういうことだろう。
身体や心は、もう大人になっている。
それでも、学ぶべきことや興味・関心の方向性が見えてくる
「大学」という場所。「大学生」という生き方。
それがわかり始めた頃、人はまた更に成長を続けていく。
あなたと年齢の近い先輩が、どんな成長の軌跡を歩み始めたのかを
リアルに、感じて欲しい。

「教室だけが、学びじゃない。」

経済学部 地域創生学科3年
岩井春菜さん
兵庫・明石高校出身
ゼミ:富澤拓志准教授 テーマ「沖縄と鹿児島の商店街比較」

地域創生学科の存在は、夏のキャンパス見学会で知りました。経済や経営なども面白そうだったけれど、新しいことで色々な可能性があるのではと思って入学を決めました。何より、「地域=鹿児島」とこだわらなくて良い、という言葉に惹かれましたね。私は故郷の明石が大好きだし、そのテコ入れや復興に興味があったから。

授業自体は経済や経営の勉強もしっかりするけれど、地域創生は仲間も意欲的で、刺激的。様々な地域経済を支える人々と自由に関わりを持てるのが魅力です。実際に商店街の夏祭りや物産展、商店街振興に携わる方のシンポジウムの開催、東京の大学とのディスカッションなど、活動は多岐に渡ります。

商店街というものを通して経済を見る。それは目に見えていることを体験していることなんだけれど、実態はもっと根深くて、奥深い。一人では動かせない。でも新たな出会いとアイディアが人を集め、生き物のように変えていく力が出るとき、経済に力が宿る体感・体験ができるのが、やめられない楽しさ。競合する大型店との共存の道を探ることなど、課題はたくさんありますが、商店街や小さな地域の強みを生かせる工夫は、学生に出来ることもあるのではと思っています。

やりたいことを見つけられる「大学」という場所で、私はどんどん人との交流や地域の持つ力を広げる道を選びました。やりたいことが無い人でも、見つけられるような環境だから、まずは入ること、そして活動することが大切だと私は思っています。

「偏差値なんて、関係ないでしょう。」

福祉社会学部 児童学科4年
浅谷直樹さん
甲南高校出身
ゼミ:岩井浩英准教授 テーマ「Well-Being」

中学時代、テニス部で誰も何も練習方法を教えてくれなくて、強くなる方法や楽しみ方がわからなかった。だから、高校に入って初めて先輩やコーチが教えてくれるようになって、自分が強くなっていくのが本当に楽しかった。キツイけれど、楽しい感覚。これが僕の原点。

勉強も同じようにすればよかったんだけれど、一浪して、それでも国立はダメで。同じ大学受けて、自分より偏差値の低い学校の人が大学に入学していく。どうしようって思ってた。だから、最初は大学に入ってから高校名を聞かれるのは本当にイヤだった時期があった。「オマエ、何してるの?」って言われるんじゃないかって。でも、進路を決めるとき大事なのは大学名とか偏差値の高い低いではなく、「学校の先生に絶対なる!」という進路に対する気持ちや意志だから、本当はそんなこと、どうでも良かったんだって、今になって思う。

入学してから学外の活動で初めて子供達と関わりを持って、進みたい道が高校ではなく小学の教師だとわかり、今の学科の試験を受けて編入もした。高校生は自分で考えて動けるけれど、小学生ではまだ動けない。自分がそうだったように、教えてくれる人の存在ってあの年頃の子供にはとても大きい
と思うから、自分が教えてあげる側にいてあげたい。

高校の頃より、様々なことに時間を費やせるようになったけれど、より自分で考えて行動するようになった。本当にしたいことをするためにできることを考える、っていうのかな。でも、そこに偏差値の高低は、やっぱり関係ない。部活に打ち込んだことも、受験に失敗したことも、無駄ではない。好きなことをする、好きなことを教えてあげられる人になるという、ゴールがあるだけだから。

「勉強が好きって、言える?」

国際文化学部 言語コミュニケーション学科3年
福田拓也さん
川内商工高校出身
ゼミ:戦慶勝教授 テーマ「中国語と日本語の比較」

語学は元々好きでした。それと資格をとることも。英検準2級などの資格を中学生で取得しました。でも高校選択のとき、語学系の高校をあきらめざるを得なくて。じゃあ「機械科」のある高校に行こう!と。以来「資格マニア」のように様々な資格を取得。危険物取扱者とか、とにかく取れる資格は手当たり次第。

で、大学選択。就職にはまだ早い。機械系は私立ばかりで皆学費が高い。そこで、語学に戻ってみよう、今度は英検1級を取ろう!と。資格を取るの、やっぱり好きなんですね。入学して、当然英語が基本だった訳ですけど、たまたま取った中国語に、まさに「ハマッた!」。「四声」という発音によって変わる意味の面白さや、漢字を駆使する多様性などに、ものすごく刺激を受けて。「大連にインターンシップがあるけど、行ってみる?」って先生に勧められるまま、約半年間、中国へ。日本語のコールセンターの仕事で、給料もしっかりもらえて、働いた後は1:1で中国語も学べる。僕はなんてラッキー!と思っていました。

帰ってきて、冷静に日本と中国の環境や文化のことを考えて。日本と様々な共通項のある中国が、心から好きになっている自分がいました。人と話すのは好きだったし、今度はもっと時間を割いて、あらためて中国語や中国の文化を真正面から学びたいと思い、交換留学に応募。このパンフレットをあなたが読んでいる頃、僕は中国にいます。

最初は資格をとるために勉強していたのに、いつの間にか勉強が好きになっていました。今は、大学院まで行って、好きな中国をずっと勉強し続けられる環境に身を置きたいと思っています。まさか機械科から?って思うでしょう?自分でもそう思います。でも、勉強=学ぶことが本当に好きになるって、きっとこういうことじゃないかなって、僕は思っているんです。

「自分から、走り出す。」

短期大学部 情報文化学科2年
川鍋玲依さん
クラーク記念国際高校出身
ゼミ:前田司准教授 テーマ「東洋文化」

陸上が好きだったけれど、高1の時に色々とあって、走るのをやめた。それから、人と接することは出来ても、話しかけられてもあまり話せないような人になっていた。大学に進んでも、当初はそんな自分から変わったとは言えなかった。授業も慣れるまで大変だったし。偶然先生から勧められるようにして入った「上橋菜穂子さん講演会プロジェクト(通称Mプロ)」も、はじめの頃は、なんだか参加しづらくて、行けなかった。

夏休みが明けた頃、少しだけその会を覗いた。Mプロのみんなが、私を歓迎してくれた。積極的に先輩の方から私に関わってくれたことや、打ち解けようと接してくれたことが何だか無性に嬉しくて、幸せで、人から優しくされる感覚を久しぶりに覚えることができた。

Mプロが無事に終わった頃、次期実行委員長に私が推薦された。私は特別なことをした訳でもないのに、先輩達が「Tシャツづくりや当日の運営、あんなに一生懸命手伝ってくれたじゃない?」って。いまだに何を見込まれたのかは、わからない。でも、すごくいい雰囲気・いい空気を私たちにもたらしてくれた先輩達の、期待には応えたいと思った。

短大は、その名の通り、短い。まだ入学したばかりなのに先輩達はもう卒業していってしまう。私ももうすぐ就職の事を考えなくてはならない。でも、人と接する苦手意識のようなものを抱いてくる私のような後輩がもしいるなら、せっかく得られる「人と接するチャンス」を、また次の後輩たちに、私らしく、こころよく時間を割いて、伝えていきたい。

今でも陸上は好き。時間がとれたら、個人で大会に出ようと思っている。走ることをやめるのは、まだ先でも出来るから。私はまだ、人生を走り出したばかりだった。

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